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東京地方裁判所 平成7年(ワ)21765号 判決

原告 A

原告 B

原告 C

右三名訴訟代理人弁護士 中平健吉 同 中平望

被告 国

右代表者法務大臣 保岡興治

右指定代理人 栗原壯太

同 曳地文夫

同 武内信義

主文

一  被告は、原告Aに対し金四〇四八万三九一五円及びこれに対する昭和五〇年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告B及び同C各自に対し金五三五万円及びこれらに対する昭和五〇年一一月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告Aに対し、金二億〇五二六万一三三八円及び内金一億五二一八万三四七八円に対する昭和五〇年一一月一三日から、内金五三〇七万七八六〇円に対する平成一二年六月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を、原告B及び原告C各自に対し、金五五〇万円及びこれらに対する昭和五〇年一一月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、インフルエンザワクチンの予防接種を受けたことにより、急性脳症を発症し後遺障害を残すなどの被害を受けたとして、被害児及びその両親が、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を請求している事案である。

一  争いのない事実等

1  原告A(以下「原告A」という。)は、昭和四五年六月二九日、父原告B(以下「原告B」という。)、母原告C(以下「原告C」という。)の長男として出生した(争いのない事実)。

2  原告Aは、昭和五〇年一一月五日及び同月一二日、被告の公権力の行使として行われたインフルエンザワクチンの予防接種を、医師畑沢実(以下「畑沢」という。)から受けた(以下これらの予防接種を総称して「本件各予防接種」といい、同月一二日に行われた予防接種を「本件予防接種」という。)。本件各予防接種の実施者は五城目町長、実施場所は同町立五城目保育園(以下「五城目保育園」という。)であり、根拠法条は予防接種法(昭和五一年法律第六九号による改正前)六条であった(争いのない事実)。

3  原告Aは、同月一五日、発語が減少し、傾眠状態になるとともに、嚥下障害により固形物の経口摂取ができなくなり、同月一六日にはほとんどしゃべらず、外出の際覆いていた草履が脱げたのに気づかずに歩行を続けるなどの異常が生じたため、同月一七日、畑沢の診察を受けたところ、同人は、原告B及び同夕里子に対し、原告Aを大学病院で診察させるように指示した(甲九、三二、乙九、原告C本人)。

4  原告Aは、同日、畑沢の紹介により、秋田大学医学部附属病院(以下「秋田大学病院」という。)に入院した。入院当時、原告Aは、歩行障害及び嚥下障害を呈しており、名前を呼べば返事をするが、それ以外には反応がない状態だった。そして、同月一九日には、返事もしないようになり、傾眠状態が続くようになった(甲八、九、一三、二四、二五、三一、三二、原告C本人、弁論の全趣旨)。

5  原告Aは、昭和五一年二月一〇日、秋田大学病院を退院した。退院時における原告Aに対する診断は、脳炎であった(争いのない事実)。

6  原告Aは、現在、脳炎後遺症、症候性局在依存性関連性てんかんで、知能年齢は二歳一〇箇月程度、知能指数は一八程度であり、重度の精神発達遅延を有し、常に介護、援助が必要な状態である(甲二ないし四)。

7  原告Aは、現在までに、(一)予防接種法に基づく障害児養育年金九五九万四七〇〇円、(二)同法に基づく障害年金三九三九万五三四六円、(三)特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づく特別児童扶養手当二八一万九九四〇円、(四)同法に基づく障害児福祉手当六万一九〇〇円、(五)同法に基づく特別障害者手当二五七万四〇八〇円、(六)国民年金法に基づく障害基礎年金八一三万五九三三円、合計六二五八万一八九九円の給付を受けた(争いのない事実)。

二  主たる争点

本件の主たる争点は次の各点にあるが、このほか判断を要しなかった争点として、本件予防接種に当たり厚生大臣に過失があったか、そのことにより、本件予防接種の接種担当医であった畑沢の過失が推定されるかという点がある。

1  本件予防接種と原告Aに生じた後遺障害との因果関係の存否

2  本件予防接種の接種担当医であった畑沢に過失があったか。

3  原告らの損害額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告らの主張

(1) ワクチン接種とその後に発生した疾病との間の因果関係は、その機序が科学的に明らかでないとしても、白木博次博士(以下「白木」という。)の提唱したいわゆる白木四原則に従い、次の四つの要件が満たされるときには高度の蓋然性が認められるから、これを肯定すべきである。

<1> ワクチン接種と予防接種事故とが時間的、空間的に密接していること

<2> 他に原因となるものが考えられないこと

<3> 副反応の程度が原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと

<4> 事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること

(2) 本件においては、次のとおり、右四要件を満たすから、本件予防接種とその後に生じた原告Aの病変との間に因果関係が認められる。

<1> インフルエンザ予防接種から脳炎・脳症の発症までの潜伏期間は一日以内が多いが、二週間以内も多く、二五日までの発症例があるとされているところ、原告Aは、遅くとも本件予防接種から四日後である昭和五〇年一一月一六日には急性脳症を発症したとみられることからすれば、本件予防接種と原告Aに生じた病変との間に時間的密接性があることは明らかである。

<2> 原告Aは、本件各予防接種の約一箇月以上前に、麻疹に罹患していたが、これは本件各予防接種までに既に完治していた。したがって、本件予防接種以外に、原告Aに生じた病変の原因となるものは具体的には考えられない。

<3> 原告Aは、本件予防接種後の昭和五〇年一一月一七日までに、突然、意識障害、意識混濁、傾眠状態、意識喪失、歩行不能、食餌摂取不可、嚥下障害、喘鳴、咳漱、唾液の流出、鼻閉という重篤な症状が発現しており、副反応の程度が質量的に非常に強い。

<4> インフルエンザ予防接種により急性脳症が発生し得ることについては争いの余地がない。また、権威ある学者により構成される被告の予防接種健康被害認定部会が、原告Aの後遺障害が予防接種によるものであると認定し、それに基づき、平成八年一月八日、厚生大臣が右後遺障害が予防接種によるものであることを認定していることからすると、本件予防接種と原告Aに生じた病変との間の因果関係は実証性があるというべきである。

被告は、本件各予防接種には副反応の生じにくいインフルエンザHAワクチンが使用されていることから、原告Aの病変と本件予防接種との間の因果関係を否認するが、同ワクチンが実用化された昭和四七年以後も脳炎等の中枢神経系の症例等かなりの予防接種事故が発生しており、被接種者が死亡した例もあることからすれば、本件各予防接種に同ワクチンが使用されたことをもって、本件予防接種と原告Aの病変との間の因果関係を否定することはできない。

(二) 被告の主張

(1) 訴訟上の因果関係の立証には特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められることが必要とされるところ、予防接種とその後に生起した疾患との因果関係の有無の判断に当たっては、通常、予防接種施行後の疾患の臨床症状が予防接種以外による疾患のそれと異なるものではないため、次の要件を満たさない限り高度の蓋然性は認められず、因果関係が認められないというべきである。

<1> その疾病が接種から一定の期間内に発生することが多く、それ以外の期間における発生数よりも高い頻度で発生することが知られていること(第一要件)

<2> 当該症状が当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて医学的合理性があること(第二要件)

<3> 当該症状が当該ワクチンの接種から一定の合理的時期に発症していること(第三要件)

<4> 他の原因が想定される場合に、その可能性との比較衡量を行い、他の原因によるものと考えるよりも予防接種によるものと考える方が合理的であること(第四要件)

(2) そして、本件では、次のとおり、右四要件をいずれも満たさないから、本件予防接種とその後に生じた原告Aの病変との間の因果関係は否定されるべきである。

<1> 原告Aには、髄液検査の結果に異常がみられなかったことからすると、秋田大学病院における脳炎の診断は否定される。そして、同人の病変が急性脳症だとしても、インフルエンザワクチンの接種後の副反応による急性脳症、脳炎等の脳障害は、ワクチン接種後ほとんどが一二時間以内遅くとも四八時間以内に発症するのに対し、原告Aの発症は本件予防接種後早くても四日後であり、右第一要件はおろか白木四原則の第一の要件も充足しない。

<2> インフルエンザワクチンのように病原微生物を殺したものを接種する不活化ワクチンによる副反応としては、アレルギー性反応が主たる原因として考えられるが、アレルギー性反応によって脳炎等重篤な症状が発生するという知見は国内及び国外のいずれにおいても確立したものとはいえず、症例報告等をみてもインフルエンザ予防接種後偶発的に症状が発現した可能性を否定できない。したがって、本件においては、右第二要件が充足されていない。

また、本件各予防接種で使用されたインフルエンザHAワクチンは、その製造過程においてエーテル処理を行いウイルスを分解して不活化し、多くの副反応の原因と考えられていた宿主由来脂質成分を除去しているので、同成分による副反応が起こることはなく、脳障害等の副反応事故の生ずる可能性は極めて低い。

<3> アレルギー性反応により、またそれ以外の原因により副反応が発生する場合のいずれにおいても、ワクチン接種と脳炎ないし脳症発生の因果関係を認めるためには、接種後一定の時期に集積して、自然発生率を超えて、一定の症状を示す疾病が生ずることが必要であると考えられるが、こうした条件を満たす報告例はない。

また、前記<2>のとおり、インフルエンザ予防接種と脳炎ないし脳症発生との因果関係については、発症時期も含め、学問的に知見が確立しているとはいえず、発症時期から因果関係を推定することは不可能である。したがって、本件において、右第三要件が充たされているとはいえない。

<4> 原告Aは、昭和五〇年一一月二一日、秋田大学病院において脳炎と診断されているが、脳炎の原因としてはウイルス等予防接種以外の要因も十分考えられるところ、予防接種の副反応としての脳炎症状とウイルス等を原因とするそれとの間には、症状に差異がなく、その原因を特定することは困難である。

また、前記<1>のとおり、原告Aが脳炎であることは同原告の髄液検査の所見からは否定されること、同原告の体温は正常の範囲内にあったこと、同原告の初発症状については明確な診断がされていないことからすると、同原告の発症の原因を的確に判定することは不可能である。

したがって、原告Aの症状は、本件予防接種以外の内因的又は外因的原因による神経疾患とみるべきであり、右第四要件を充たさない。

なお、厚生大臣が、原告Aの症状を予防接種によるものと認定したことは、予防接種法に基づく救済制度が国家補償的精神に基づき社会的公正を図るために、その蓋然性が低いものであっても因果関係を認める運用がされていることにかんがみると、本件予防接種と同原告の病変との間の訴訟上の因果関係を肯定するものではない。

2  争点2について

(一) 原告らの主張

(1) 原告Aが禁忌者であったことの推定

原告Aは、本件予防接種により後遺障害を発症したものであるから、本件予防接種当時、予防接種実施規則(昭和五一年厚生省令第四三号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号、以下「旧実施規則」という。)所定の禁忌者であったことが推定される。

(2) 接種担当医の具体的過失

接種担当医が接種対象者につき禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったためその識別を誤って接種した場合に、その異常な副反応により対象者が罹病したときは、右医師はその結果を予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定される。

そして、次の各事実にかんがみると、畑沢は、禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたとはいえず、原告Aが禁忌者であることを看過した過失がある。

<1> 原告Aは、前記(1)のとおり、禁忌者であると推定されるから、本件予防接種の接種担当医である畑沢は、同原告が禁忌者であることを適切な問診によって識別する義務があった。しかし、本件予防接種において、畑沢が問診及び接種にかけた時間は一人当たり平均約三八秒(午後一時二〇分ころから午後二時三〇分ころまでの約一時間一〇分の間に接種担当医一名で約一一〇名の保育園児を対象に問診を行った。)であるところ、右時間には、注射液の量の確認の時間、気泡排除の確認の時間、接種を受ける保育園児の交替の時間も含まれること、右時間内に右保育園児の中に注射を怖がって泣いた者がおりこれを泣きやませる時間も必要であったこと、本件予防接種の対象者である園児らの言語能力、理解力が十分とはいえないことにかんがみると、右時間で接種対象者の禁忌識別のための適切な問診を行うことは不可能である。

<2> 本件予防接種においては、問診票が使用されているが、問診票の使用によっても、接種担当医の注意義務が軽減されるものではない。

また、本件予防接種に際して用いられた問診票は、畑沢において、禁忌の発見に重要な役割を有する項目が削除されており、禁忌者識別の有用性が損なわれている上、本件予防接種においては、接種会場に問診票を記載した保護者が同席していないから、問診票に基づく禁忌者識別自体が不可能であった。

<3> さらに、本件予防接種においては、接種対象者である園児の健康状態を最もよく把握し問診票を記載した保護者は立ち会っておらず、これに前記<1>のとおり、園児らの言語能力、理解力が不十分であることを併せると、接種対象者の健康状態を正確に把握することは不可能であった。

(二) 被告の主張

次の各事実にかんがみると、本件予防接種の接種担当医であった畑沢は、禁忌者識別のための予診を尽くしていたというべきであり、過失はない。

(1) 畑沢の接種担当医としての予診

畑沢は、昭和三三年に五城目町内に内科・小児科を専門として開業したころから、予防接種担当医として従事しており、本件予防接種当時において一七年にわたる予防接種担当医としての豊富な経験を有し、禁忌識別のために充分な予診を尽くしてきた。また、同人は、町民個々人の健康状態に関する情報も把握しており、かかりつけであった原告Aが本件予防接種の約一箇月以上前に罹患した麻疹の経過をも念頭に置いて、問診票の問診事項すべてについて異常がなく、特記事項の記載もないこと、右問診票に記載された体温及び接種会場で測定した体温のいずれにも異常がないことを確認し、さらに、問診、視診及び聴打診を行った上、担当保母から特に普段と変わった様子等の申し出もなかったことから、原告Aを接種可能と判断したものである。

(2) 問診票の使用及び事前の検討

本件接種においては、厚生省が設定した様式例に準拠して、畑沢を中心とした医師らにおいて項目の取捨選択及び文言の検討を行った問診票を使用した。また、本件予防接種に従事した五城目町職員三名は、本件予防接種に先立ち、保育園児らの問診票を確認しつつ、担当保母らから個々の園児の健康状態を聴取し、特記すべき事情がある場合には、その健康状態の内容を問診票に赤ペンで記入した。

そして、本件予防接種開始前、畑沢は、右問診票の記載内容を確認するとともに、右職員らから赤ペンで記載された特記事項について報告を受けていた。

3  争点3について

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益

原告Aは、本件予防接種による後遺障害により、常に介護が必要な状態となったので、同人の労働能力喪失率は一〇〇パーセントと考えられる。そして、同原告は、一八歳から六七歳まで就労可能と考えられるから、同原告の後遺障害に起因する逸失利益は、平成一〇年度の全労働者平均賃金四九九万八七〇〇円に本件予防接種時から六七歳までの六二年のホフマン係数二七・八四五六から五歳から一八歳までのホフマン係数九・八二一一を引いた係数を乗じた額である金九〇〇九万九〇六八円となる。

(2) 介護費用

原告Aは、本件予防接種に起因する後遺障害の発生により、その日常生活に全面的な介護を必要としたものであり、今後もその生涯にわたって、同様の全面的介護が必要となったものである。したがって、次のとおり、損害を被ったとみるべきである。

<1> 本件予防接種による後遺障害が発生し介護が開始された時点(五歳)から現在の満年齢時(二九歳)までは、年に一五〇万円の介護費用を要したと考えられる。この金額及び期間を基にホフマン式計算法により右期間の介護費用を計算すると、金二三二四万九五五〇円となる。

<2> 介護のための労苦は、原告Aの両親である原告B及び原告Cが歳を重ね体力が衰えることによって増大するので、原告Aの三〇歳となった後の平成一二年六月三〇日以降同年齢の平均余命までの介護費用は、年に二〇〇万円を要すると考えられる。この金額及び期間を基にホフマン式計算法により右期間の介護費用を計算すると、金四八二五万二六〇〇円となる。

なお、右金額に対する遅延損害金は、原告Aの三〇歳の誕生日の翌日である平成一二年六月三〇日から起算するものとして請求する。

(3) 慰謝料

<1> 原告Aについて

原告Aが、本件予防接種及びその後遺症によって受けた精神的苦痛を金銭に見積もると、その額は二五〇〇万円を下らない。

<2> 原告B及び原告Cは、原告Aの治療のためあらゆる努力を傾けたが、同人の病状が軽快することはなく、両親である原告B及び原告Cの医療看護、介護の苦労は、筆舌に尽くし難い。これを金銭的に評価すると、各自金五〇〇万円を下ることはない。

(4) 弁護士費用

各原告とも請求額の一割が相当である。なお、前記(2)<2>の介護費用の一割に相当する額の弁護士費用四八二万五二六〇円については、右介護費用相当額と同様、その遅延損害金を平成一二年六月三〇日から起算して請求するものとする。

(5) 被告の損益相殺の主張に対する反論

被告は、前記一7のとおり原告Aが現在までに受領した金六二五八万一八九九円を損益相殺すべきと主張するが、その根拠はこれらの給付が実質上損害賠償の性質を有することにあると解される。したがって、右給付を損益相殺として控除するとしても、不法行為日である本件予防接種の日から支給時までの中間利息を控除した額に限り損益相殺すべきである。

(二) 被告の主張

(1) 逸失利益の算定について

原告Aの後遺症に基づく逸失利益の算定において、新ホフマン係数を用いて中間利息を控除するのであれば、一般的には基礎となる年収額は、学歴計一八歳から一九歳の平均賃金によるべきである。逆に、右逸失利益の算定の基礎となる年収額として全年齢平均賃金を基礎とするのであれば、中間利息の控除についてはライプニッツ式計算法を用いるべきである。

(2) 介護費用について

介護費用は、基本的には実費額の性格を有するものであり、労苦の程度によって金額に変更を生ずるものではないから、原告Aの年齢によって、介護費用の年額が上昇することはないというべきである。

(3) 損益相殺について

原告Aは、前記一7のとおり、本件予防接種後の症状の発生に起因して、すなわち、原告らが本件において主張する損害の原因と同一の事由に基づいて金六二五八万一八九九円の支給を受けたのであるから、右金額を損益相殺として、原告らの損害額から控除すべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  因果関係の判断基準について

この点につき、原告らは、ワクチン接種とその後に発生した疾病との間の因果関係は、いわゆる白木四原則に従い、(一)ワクチン接種と予防接種事故とが時間的、空間的に密接していること、(二)他に原因となるものが考えられないこと、(三)副反応の程度が原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと、(四)事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があることの四要件を満たせば認められると主張する。

これに対し、被告は、(一)その疾病が接種から一定の期間内に発生することが多く、それ以外の期間における発生数よりも高い頻度で発生することが知られていること、(二)当該症状が当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて医学的合理性があること、(三)当該症状が当該ワクチンの接種から一定の合理的時期に発症していること、(四)他の原因が想定される場合に、その可能性との比較衡量を行い、他の原因によるものと考えるよりも予防接種によるものと考える方が合理的であることという四要件を満たした場合でなければ、予防接種とその後に発生した疾病との間の因果関係は認められないと主張する。

ところで、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果の間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りると解されるところ(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)、当事者の因果関係に関する具体的主張は、程度の差こそあれ、証拠により(一)被接種者の生育状況、ワクチン接種後発生した病変の経緯、状況等、(二)ワクチン接種とその副反応等についての知見をそれぞれ明らかにして、その事実関係を総合検討してワクチン接種とその後に生じた病変との間に経験則上因果関係が認められるか否かを判断する点では共通しており、かかる手法は、まさに、訴訟上の因果関係を判断する手法と一致するところであり、右のような具体的事実に基づいて訴訟上の因果関係を論じるのではなく、抽象的、一般的な因果関係の判断基準を取り出して、その当否を判断することには実益がないと考えられる。

そこで、当裁判所は、当事者双方の主張する抽象的な判断基準の当否には立ち入らず、(一)原告Aの本件各予防接種までの生育状況、本件予防接種後の病変の発症過程及び状況、(二)インフルエンザワクチン接種の副反応等に関する知見をそれぞれ認定し、これらを総合して、本件予防接種と原告Aに生じた病変との間の因果関係の有無を判断することとし、当事者双方が前記各基準を前提として主張する本件予防接種と同原告に生じた病変との間の因果関係に関する主張ないし反論は、個別的に検討することとする。

2  原告Aの本件各予防接種までの生育状況及び本件予防接種後の病変等について

争いのない事実、証拠(甲一、五ないし一〇、一三ないし一九、二四ないし二六、二八、三〇ないし三二、乙九、原告C本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告Aの本件各予防接種までの生育状況及び同原告が本件予防接種を受けた後に生じた病変の経過等について、次のとおり認められる。

(一) 原告Aは、昭和四五年六月二九日に体重三一五〇グラムで出生した。同原告は、その後順調に生育し、五城目保育園入園後に、おたふく風邪に罹患し、本件各予防接種の約一箇月以上前に麻疹に罹患したほかは、特に病気をすることもなく、健康状態は良好だった。

(二) 原告Aは、昭和五〇年一一月五日、第一回目のインフルエンザ予防接種を受けた。

(三) 同月八日ころから、原告Aに夜尿が毎日見られるようになった。

(四) 原告Aは、同月一二日、本件予防接種を受けた。

(五) 原告Aは、同月一五日午後、運動が鈍くなり、活気が見られず寝込むようになり、話しかけても返事をせず、食事をしても思うように食物を口元に運ぶことができず、食べる量よりもこぼす量が多い状態となったが、発熱、頭痛、嘔吐、ひきつけといった症状はなかった。

(六) 原告Aは、同月一六日、一日中元気がなく、一時的に発語はあるものの、話をすることはなく寝込んでいる状態であった。そして、同日、原告Aは、同榮悦及び同夕里子に連れられて近所の神社に七五三の参拝に出掛けた際、ほとんど話をすることなく、また、歩行中、覆いていた草履が脱げたにもかかわらず、それに気付くことなく歩行を継続した。

(七) 原告Aは、同月一七日、元気がなく、ものを食べず、言葉も発しない状態であり、歩行中に座り込んで尿失禁をしたので、同夕里子に連れられて、畑沢の診察を受けた。同人が原告Aを診察したところ、同原告は、発熱はないものの筋肉、関節の抵抗が少なく重病であると判断されたので、畑沢は、特段の治療を行うことなく、原告Cに対して、大学病院で診察を受けるよう指示した。

(八) 原告Aは、同日、畑沢の紹介により、秋田大学病院小児科に入院した。同原告は、入院時において、診察時に名前を呼ばれた時に返事をした以外は反応がなく、顔貌は浮腫様、顔色は紅潮し、傾眠状態にあり、扁桃はやや肥大し、バビンスキー反射は両側とも陽性であり、入院時の診断は、(1)脳疾患(脳炎)、(2)脳腫瘍、(3)代謝障害、(4)変性疾患の疑いというものであった。

(九) 原告Aは、同月一八日、バビンスキー反射は両側とも陽性、傾眠状態であり、固形物の嚥下に困難をきたし、喘音、口唇の変形が時折見られ、咳、鼻閉、失禁という状態であった。同日行われた髄液検査では、細胞数三分の六であった。

(一〇) 原告Aは、同月二一日、脳シンチグラム検査を受けた。その結果、正面像では不明確ながら、ほぼ正中線まで達し左大脳半球のほぼ二分の一を占める大きなびまん性の弱い異常集積がみられ、左半球の大きな浸潤性腫瘍、悪性の脳腫瘍の疑いがあると診断された。そのため、原告Aは、脳神経外科に転科となった。その際の診断は、脳炎、びまん性穿通動脈炎であった。

(一一) 原告Aは、同月二二日、バビンスキー反射は両側が陽性であり、右上下肢の不随意運動が著しく、昏睡状態にあった。同日行われた髄液検査においては、細胞数が三分の四であり、脳血管造影の検査によれば、両脳半球の脳実質の著しい充血が認められ、海馬及び扁桃体ヘルニアの疑い、両内頚動脈の微細分枝におけるびまん性血管炎というものであった。

(一二) 原告Aは、同月二七日、放射性同位元素脳造影による検査を受け、その結果は、両脳半球に多発性の高吸収域がみられるというものであった。

(一三) 原告Aは、昭和五一年二月一〇日、秋田大学病院を退院した。退院時の所見は、両下肢の高度硬直、咀嚼運動不能で水様のものだけ摂取可能、首も座らずほとんど寝たきりの状態で、脳炎と診断された。

(一四) 退院後の原告Aは、少しは歩けるようになった以外はほとんど回復することなく、左手不全麻痺、知的遅れ(知能年齢二歳一〇箇月程度、知能指数一八程度)があり、週に一度程度てんかんの発作がある。

(一五) 厚生大臣は、平成八年一月八日、学者により構成される予防接種健康被害認定部会の認定に基づき、原告Aが予防接種により障害の状態となったとの認定をした。

3  インフルエンザワクチン接種の副反応等に関する知見について

証拠(甲三七の1、2、三八、四〇ないし五〇、乙三、四、六ないし八、一三ないし一九)によれば、インフルエンザワクチン接種による副反応等に関する知見につき、次のとおり認められる。

(一) インフルエンザワクチンは、神経組織を含有しておらず、ウイルスも生きた状態で含まれていない不活化ワクチンであるが、同ワクチンを接種することにより、神経系の副作用として、発熱、けいれん、意識障害、バビンスキー反射陽性等を伴う遅延型アレルギー反応による脳炎若しくは多発性神経炎又は即時型アナフィラキシーによる急性脳症が生じると考えられている。

右脳炎と急性脳症については、臨床上両者を鑑別することは不可能であるが、急性期における髄液検査により識別することができ、細胞数が正常値である三分の零ないし三分の一〇を超えて多数存在する場合には脳炎であるとされ、急性脳症では髄液所見に異常は生じないとされる。

(二) ワクチンによる脳炎、急性脳症の原因としては、臓器由来の有害物質、添加剤等によるアレルギー反応が考えられる。また、インフルエンザワクチンは、卵でウイルスを培養するため、卵白アルブミンが急性脳症の原因となり得るとされる。

(三) ワクチンの接種方法や病変が生ずる箇所によって症状の発生時期や症状は異なり、また、脳のわずかな病変では臨床症状がすぐに出ないこともある。そのため、潜伏期は、自然の曲線として描かれることになり、ピークもあればピークより長い潜伏期も短い潜伏期も存在し、教科書には一般的な潜伏期が記載されているにすぎないので、右記載から外れたといって発症とワクチン接種とが無関係であるとはいえない。

(四) インフルエンザワクチンの接種と脳炎又は急性脳症との間の潜伏期ないし症状の出方には個人差があり、接種直後に発症する例が多い一方、脳炎、急性脳症、多発性神経炎等の神経症状を呈した四例について、接種後発症までの間が一〇日ないし二五日という報告、多発性神経症、脳脊髄症などの神経症状を呈した五例について、接種後発症までの間が五時間から七日という報告、典型的な脳症症状を示す例あるいは剖検で脳症と診断された一一例について接種後発症までの間が三時間ないし一七日という報告、インフルエンザワクチン接種後神経系障害が発症した二四例について、接種後二日以内に七五パーセントが、二週間以内に九二パーセントが発症するという報告が存在し、接種六日ないし七日後の発症は、急性脳症、アレルギー性脳炎いずれの可能性も考えられるという白木の証言記載も存在する。

(五) 昭和四七年から脱髄抗体を作り出す原因となる糖脂質がエーテル処理により除去されたインフルエンザHAワクチンが導入された後においても、昭和五三年において、接種三〇分ないし六〇分後にじんましん及び呼吸困難を起こした一例、じんましんを起こした二例、接種当日ないし翌日に発熱が生じた四例、頭痛を呈した三例、腫脹を呈した一一例及び接種翌日から翌々日までに脳炎の疑いのある発熱を起こした一例が、昭和五四年において、接種一時間四〇分後に死亡し接種との間の因果関係を否定できないとされた一例及び接種後八時間三〇分でけいれん等の症状を呈し接種一箇月後に一時的な意識消失を呈し、接種との関連が否定できないとされた一例が、昭和五四年から五五年にかけて、三度の接種後いずれも一日ないし三日後に全身けいれん、嘔吐、意識障害などの異常が生じ、そのうち一度は髄膜脳炎と診断された一例が、昭和五六年において、接種翌日に発熱し、一三日後に入院した際に意識障害が生じていた一例が、昭和五七年において、接種後翌日から頭痛、腹痛、嘔吐を生じ、二日後に発熱と全身性強直性けいれんが出現し意識障害が生じ、臨床的には接種と脳炎に因果関係があると判断できるとされた一例が、昭和五八年において三例、昭和五九年において二例、接種後一〇日ないし約一箇月後に呼吸麻痺、四肢麻痺などの多発性神経炎を発症した例が存在することが、それぞれ報告されている。

(六) 他方、麻疹により二〇〇〇人から三〇〇〇人に一人の確率で脳炎の合併症を引き起こすことがあるが、その発症時期としては、発疹出現二日前から発疹出現後二週間の間とされている。

4  前記2の事実関係によれば、原告Aは、遅くとも一回目のインフルエンザ予防接種からは一二日後、本件予防接種からは五日後の昭和五〇年一一月一七日までに、発熱はないものの、意識障害、嚥下困難、尿失禁といった重篤な症状が発現し、また、バビンスキー反射は両側とも陽性であり、その後脳シンチグラム検査や脳血管造影検査により左大脳半球に大きなびまん性の弱い異常集積がみられたり、脳実質の著しい充血といった所見が得られた。秋田大学病院においては、原告Aの右症状について脳炎及び脳腫瘍の疑い等があると診断したが、髄液検査においては異常所見が認められなかったことからすると、同原告は、遅くても昭和五〇年一一月一七日までに急性脳症に罹患していたものと認められる。そして、同原告の初期症状は、本件予防接種から三日後の同月一五日に発現していたことが認められる。

ところで、前記3に認定したインフルエンザワクチン接種による副反応等に関する知見によれば、インフルエンザワクチン接種による神経系の副作用として急性脳症が生じることは医学的観点からして合理性がある事実であり、これはインフルエンザHAワクチンに関しても同様に当てはまると考えられる。そして、原告Aの急性脳症の発症時期及び初期症状の発現時期については、前記3に認定した各種報告例からして、本件予防接種と時間的に密接して一定の合理的時期に出現していると認められるし、原告Aに生じた副反応の程度は重篤なものであったと認められる。

他方、原告Aは、本件各予防接種前に麻疹に罹患していたものの、その発症時期が本件各予防接種の一箇月以上前であること及び証拠(乙九、一〇、証人松橋)によれば、同原告の麻疹は、本件各予防接種の時期までに既に治癒していたと認められるから、原告Aに本件各予防接種後生じた症状は右麻疹に起因するものではなかったと認められ、本件全証拠によるも、このほかに本件予防接種以外に同原告の右症状の原因となるものが存在していたことは認められない。

以上の判示に加えて、前記2(一五)認定のとおり、学者により構成される予防接種健康被害認定部会においても原告Aに生じた症状と予防接種との因果関係を認定していることを併せると、本件予防接種と原告Aの急性脳症との間の因果関係を肯定するのが相当であり、原告Aの前記2(一四)に認定した後遺障害は、同原告の急性脳症の結果生じたものと認められるから、右後遺障害と本件予防接種との間にも因果関係が認められる。

5  これに対し、被告は、(一)原告Aが本件予防接種後急性脳症に罹患したとしても、インフルエンザワクチンの接種による急性脳症、脳炎等の脳障害は、ワクチン接種後ほとんどが一二時間以内遅くとも四八時間以内に発症することからすると、本件予防接種後四ないし五日で発症した原告Aの急性脳症と本件予防接種との因果関係は否定される、(二)インフルエンザワクチンのような不活化ワクチンによる副反応としては、アレルギー性反応が主たる原因として考えられるが、このような知見は国内及び国外において確立したものとはいえず、症例報告等をみてもインフルエンザ予防接種後偶発的に症状が発現した可能性を否定できない、(三)本件各予防接種で使用されたインフルエンザHAワクチンは、その製造過程においてエーテル処理を行いウイルスを分解して不活化し、多くの副反応の原因と考えられていた宿主由来脂質成分を除去しているので、同成分による副反応が起こることはない、(四)アレルギー性以外の機序も含めてワクチン接種と脳炎ないし脳症発生の因果関係を認めるためには、接種後一定の時期に集積して、自然発生率を超えて、一定の症状を示す疾病が生ずることが必要であると考えられるが、こうした条件を満たす報告例はないから、因果関係を認めることはできない、(五)原告Aが脳炎であることは同原告の髄液検査の所見に異常がなかったことから否定されること、同原告の体温は正常の範囲内にあったこと、同原告の初発症状については明確な診断がされていないことからすると、同原告の発症の原因を的確に判定することは不可能であると主張する。

そこで、以下、被告の右主張について検討する。

(一) 被告は、インフルエンザワクチンの接種による急性脳症、脳炎等の脳障害は、ワクチン接種後ほとんどが一二時間以内遅くとも四八時間以内に発症すると主張し、証拠(甲四九、五〇、乙六、七、一六)には、これに沿う部分がある。

しかし、前記3(三)認定のとおり、潜伏期は一応の目安とはなるものの潜伏期の数値から外れたら必ず因果関係が否定されるとは考えられていないこと、同(四)、(五)認定のとおり、接種から四八時間以上経過した後にも急性脳症を発症した例が報告されていること、証拠(甲五〇)によれば、被告主張に沿う見解を主張し、証拠(乙七、一六)の執筆ないし編集に関与している木村三生夫も、被接種者の状況によっては発症の経過や時間が異なり得ることを認めていることにかんがみると、被告の主張は採用できない。

(二) 被告の前記(二)の主張の趣旨は、インフルエンザワクチンの接種と発症との間の因果関係を肯定するためには、発症の機序等が学問的に確立した知見とならなければならないというものと解される。そして、証拠(乙四九、五〇)には、これに沿う部分がある。

しかし、前記1で説示したとおり、訴訟上因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明までは要しないところ、被告の右主張は、訴訟上の因果関係判断において右のような自然科学的証明を要求するのと実質的に同一の結果を招来するものであり、採用できない。

(三) 被告は、インフルエンザHAワクチンが使用された本件予防接種では、副反応事故の生じる余地はない旨主張し、証拠(乙五、一七、一八)には、これに沿う部分もある。

しかし、証拠(乙一三、一七、一八)によれば、インフルエンザHAワクチンには、脱髄抗体を作り出す原因となる糖脂質は除去されているものの、ウイルスを構成する蛋白成分が細かく分解されて含まれていることには変わりがないことが認められ、これに前記3(五)認定のとおり、同ワクチンが採用された昭和四七年以降も、同ワクチンが原因とみられる病変を発症した例が複数報告されていることを併せると、同ワクチンによっても副反応事故が発生する余地はあると認められるから、被告の右主張は採用できない。

(四) 被告は、ワクチン接種による急性脳症の発生が自然発生率を超えない限り、ワクチン接種と急性脳症との因果関係は認められないと主張し、証拠(乙四九、五〇)にはこれに沿う部分がある。確かに、かかる調査をした統計が存在すれば、因果関係の有無の判断に当たり極めて有意義であるが、右のような調査が存在しないことは弁論の全趣旨から明らかであるところ、ワクチン接種による急性脳症の発症が自然発生率を超えない限り、予防接種と急性脳症との間の因果関係は認められないとすることはできないから、被告の主張は採用できない。

(五) 被告は、原告Aが秋田大学病院入院当初確定診断を得ていなかったこと、同原告に発熱がなかったことを根拠として、同原告の病変の原因は不明であり、本件予防接種による急性脳症に罹患したとは認められないと主張する。

しかし、原告Aが秋田大学病院入院当初確定診断を得ていなかったことは、前記4の認定を覆すものではない。

また、証拠(甲三七の1、三八、五〇)によれば、急性脳症における症状は、被接種者の状況や病変発生部位によって異なり得ることが認められ、これに前記2(七)ないし(一二)、3(一)、(三)認定の事実及び原告Aの本件予防接種後の症状が意識障害、バビンスキー反射陽性といった急性脳症等の脳障害特有の神経症状がみられることを併せると、原告Aに発熱がなかったことをもって同原告が罹患したのが急性脳症ではなかったということはできない。

したがって、被告の主張は採用できない。

二  争点2について

1  禁忌該当者の推定について

(一) 原告Aの後遺障害が本件予防接種に起因するものと認めるべきであることは右にみたとおりであるが、次に、本件予防接種の担当医であった畑沢に過失があるか否かを検討する前に、まず、予診義務違反を論ずる際の前提事実たる原告Aの禁忌該当性について判断する。

ところで、予防接種により後遺障害が発生した場合には、予防接種実施規則の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である(最高裁第二小法廷平成三年四月一九日判決・民集四五巻四号三六七頁、なお、同判決は、痘そうの予防接種の事案に関するもので、かつ、昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則(昭和三三年厚生省令第二七号)四条に関するものではあるが、右説示の趣旨は本件予防接種にも妥当するというべきである。)。

(二) そこで、本件において、右特段の事情が認められるかどうかについて検討するに、争いのない事実、証拠(甲三二、三七の1、2、三八、四一、乙一、二、四、五、九、一〇、一二、一七、証人松橋、原告C本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件予防接種で接種されたインフルエンザワクチンを含め、予防接種は異物(病原体の全部又は一部)であるワクチンを人体に接種するものであって、被接種者に何らかの副反応を生じ、まれにではあってもその副作用により重篤な副反応の発生することが避け難い。そこで、被告は、予防接種について、重篤な副反応の発生する蓋然性があると経験的に考えられる特定の身体的状態を概括的に禁忌として定めている。

(2) 本件予防接種時には、旧実施規則の適用があり、その四条で禁忌事項が次のように定められていた。

「第四条 接種前には、被接種者については、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。

一  有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

二  病後衰弱者又は著しい栄養障害者

三  アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四  妊産婦

五  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

六  急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者」

この規定は、一号ないし六号に該当する者を禁忌者とし、これに対する接種を原則として禁止し、その前提となる禁忌者識別の手段として、問診、視診、聴打診等の方法による予診義務を定めたものである。

(3) 右の旧実施規則四条を受けて、「予防接種の実施方法について」(昭和四五年七月一五日衛発第五〇一号)別紙「予防接種実施要領」の「第一 共通的事項」において、次のとおり定められていた。

「六 実施計画の作成

予防接種実施計画の作成に当たつては、特に個々の予防接種がゆとりをもつて行なわれ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。」

「七 予防接種の実施に従事する者

1  接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。

2  都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たつては、あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。

3  班を編成して実施する際には、班の中心となる医師は、あらかじめ班員の分担する業務について必要な指示及び注意を行い、各班員は指示された事項以外は独断で行わないようにすること。」

「九 予診及び禁忌

1  接種前には、必ず予診を行うこと。(実施規則第四条)

2  予診は、先ず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。ただし、腸チフス、パラチフス混合ワクチン又は百日せき、ジフテリア混合ワクチンを用いて行う予防接種の場合には、できる限り体温測定を全員に対して行うこと。

3  予診の結果、異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。

4  予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当つては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと(実施規則第四条ただし書)。

5  禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(たとえば、インフルエンザ、発しんチフス等の予防接種については、鶏卵に対するアレルギーに、特別の注意を払う必要があること)。

6  多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。」

(4) 予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき事項は、すべてのワクチンに共通するものとして、<1>急性熱性疾患に罹患しているかどうか、<2>疾病の急性期若しくは増悪期、活動期にあるかどうかという点であり、インフルエンザワクチンについて、<1>けいれんの既往歴の有無及びその内容、<2>心身の発達に遅滞があるかどうか、<3>鶏卵に対するアレルギー反応の有無が挙げられていた。

(5) 本件各予防接種の実施状況は、次のとおりであった。

<1> 本件各予防接種の実施体制

ア 実施日時

昭和五〇年一一月五日(第一回目)及び同月一二日(第二回目)の各回とも、午後一時二〇分ころ開始し、午後二時三〇分ころ終了した。

イ 実施場所

五城目保育園

ウ 担当医及び補助者

第一回目、第二回目とも次のとおりである。

担当医 畑沢

保健婦 松橋文子(以下「松橋」という。)及び椎名テル子(以下「椎名」という。)

事務従事者 小玉テツ子(以下「小玉」という。)

エ 接種園児数

第一回目及び第二回目を合わせて二二七名の五城目保育園園児に接種した。第二回目  の接種を受けたのは、第一回目の予防接種を受け、かつ、第二回目の予防接種日において接種可能とされた者であった。

<2> 本件予防接種の実施過程

ア 予防接種申込書の配布と申込み

五城目保育園では、本件予防接種実施の約一〇日前に、全園児に対し、保護者あての予防接種申込書を配布し、保護者は、園児を経由して右申込書を提出した。右申込書には、実施日程、費用、禁忌を含む注意事項について記載されていた。

イ 問診票の配布

担当保母は、接種一、二日前に、五城目町から配布を受けた問診票を、接種希望の園児らに配布し、問診票を保護者に記載押印してもらって、接種当日、持参するよう指示した。

なお、右問診票は、厚生省において定めた様式が、接種当日の昼の体温を記載することになっていたのに対し、五城目保育園において検温することから接種当日の朝の体温を記載するように変更されていた。また、五城目町において定期的に乳幼児検診を行っており各種対象者ごとに把握していたこと及び五城目保育園入園に際しての健康診断を実施して園児の健康状態を把握していたことから、右問診票においては、厚生省において定めた問診票の様式から、同じころに生まれた子と比較した発育遅滞の有無、乳児検診及び三歳児検診受診の有無、予防接種に際しての健康診断受診の有無の三項目が省略されていた。

ウ 問診票の回収

担当保母は、接種当日の朝、問診票を回収し、記載内容等を確認した。

エ 検温

担当保母は、予防接種を希望する園児全員に対し、午後一二時三〇分ころ検温を行い、その結果を各園児の問診票に赤ペンにて記入した。

オ 担当保母による園児らの健康観察

担当保母は、接種当日の園児の顔色等の健康状態を観察した。

カ 接種の準備

松橋、椎名及び小玉は、午後一二時三〇分ころ、消毒済みの接種器具等を持参して、接種会場である五城目保育園に到着し、約一〇分程度で、接種会場の設営をした。

キ 接種開始前の打ち合わせ

保健婦の松橋及び椎名は、接種会場設営後の午後一二時四〇分ころから畑沢が接種会場に到着する午後一時ころまでの間に、事務室において、受領した問診票の内容や記入漏れの有無を点検するとともに、園長と主任の保母から園児の状況について報告を受け、異常事項を赤ペンで記載した。また、体温が高めの園児の検温を行った。

畑沢は、午後一時ころ、接種会場に到着すると、同人は、松橋及び椎名から問診票を受け取り、これに目を通し、異常事項につき、松橋及び椎名から報告を受けた。

<3> 接種会場における接種状況

ア 接種会場

本件各予防接種は、五城目保育園の遊戯室において、一クラス約二〇名の園児の保育園のクラスごとに行われた。遊戯室はかなりの広さがあり、そこにはござが敷かれており、各組の担当保母は、接種の順番が来た旨の連絡に従って、園児を接種会場に引率して、まずござに座らせて待機させ、当該クラスの順番が来ると、整列させて順番に接種を受けさせ、接種が終了した園児については再びござに座らせて全員の園児が終了した時点で教室に戻るという方法で行われた。

イ 保健婦が行った作業

本件各予防接種には、保健婦である松橋及び椎名が立ち会った。

椎名は、注射筒へワクチンを注入し、ワクチン量の確認と気泡の排除を行う作業を担当した。

松橋は、整列している園児の中で接種の順番が来た園児の氏名を聞き、当該園児を畑沢の前に誘導し、当該園児の問診票であることを確認し、問診票を接種担当医である畑沢に手渡し、右園児の上腕伸側をアルコールで消毒した上で、注射器を畑沢に手渡す作業を担当した。

ウ 畑沢による接種

畑沢は、順番の来た園児を前に、問診票を確認しながら、問診票に異常等特段の記載がある園児に対しては必要な質問を行ったが、問診票の記載によって接種可能と判定できる園児に対しては、特段の質問も行うことなく、注射器のワクチン量と気泡の排除の有無を確認した上で、ワクチン液を皮下に注射した。園児が、畑沢の質問に対し、緊張したり無口で答えられない場合には、担当保母が、横にいて園児の返答を補助した。

園児の中には、注射をこわがって泣き出したものも何人かいた。

<4> 原告Aに対する接種について

原告Aは、本件各予防接種当時、五城目保育園四歳児のりす組に在園中であり、同組の他の園児とともに本件各予防接種を受けた。

本件各予防接種に当たり、原告Cが記載し、同保育園に提出された問診票には、いずれも問診事項すべてにつき異常なしと記載され、特記事項にも記載がなく、体温についても、三七度C未満の体温が記載されており、異常をうかがわせる記載はなかった。また、各接種当日における検温も異常がなかったが、第一回目の接種において、松橋が担当保母から原告Aが一箇月前に麻疹に罹患して休んでいたが、今は元気に保育園に出席している旨の話を聞いて、右事実を問診票に記載した。

畑沢は、同原告が麻疹に罹患した初期の段階で同原告を診療していたところ、第一回目の接種において、右問診票の記載に基づき同原告が麻疹に罹患したのは一箇月前のことであることを確認したほかは、特段の問診もしないで接種に特に問題はないと判断して、同原告に対し本件各予防接種を実施した。

(6) ところで、証人松橋は、本件各予防接種を受けた園児の状況について、まず、保母が、接種当日の朝に、園児を送りに来た母親からその状況を聴取し、松橋ら保健婦が保母から右事情を聴取し、畑沢に報告していたこと、畑沢は、問診票の内容に従って、すべての園児に対し、詳しく質問をし、視診、打診、更には聴診を行っていたこと、問診票で異常がある旨の記載がある園児に対しては、問診票の記載に沿って、咳が出たか、のどが痛くなかったか、身体が熱くなかったかなどの質問をし、全く異常の記載がない園児に対しても、まず、足が太い子であるとか、手が太いなどと園児の緊張をほぐす質問をしてから、腹一杯御飯を食べてきたか、外で元気に遊んでいるか、誰それと遊んでいるか、どこか痛いところがないか、お腹やのどが痛くないかなどという質問を行い、さらに、傍らに付き添っている保母に対しても園児の様子について質問をしていたことを述べ、畑沢が本件各予防接種の際十分な予診を行っていた旨の証言をする。

しかし、証人松橋の右証言は、次の理由から採用できない。

すなわち、証人松橋は、本件各予防接種を行った日時の具体的な記憶に基づいて証言しているのではないし、また、保母が園児の母親から聴取した具体的状況を確かめた上で証言しているのでもなく、一般的に予防接種を行うときにはどうしていたかという観点から証言しているのにすぎず、右のような証言は、ともすれば理想的な予防接種の接種状況を述べるものであって、既に、この点において、具体的な状況を認定することにおける証拠価値は低いといわなければならないし、証人松橋が証言する状況は、以下に認定する本件各予防接種を行ったときの一人当たりの接種時間を考えると、到底採用できない。

前記(5)<1>のとおり、本件各予防接種は、いずれも午後一時二〇分ころから午後二時三〇分ころまでの間の約一時間一〇分の間に実施されており、実施時間がほぼ同じであり、また、本件各予防接種の被接種者合計が二二七人であるところ、本件予防接種の被接種者は、一回目の予防接種被接種者のうち、予診の結果接種可能と判定されて接種を受けた者であることからすると、二回目に行われた本件予防接種の被接種者は、約一一〇名程度であったと推認される。これによれば、本件予防接種においては、平均すると、接種に要した一人当たりの時間は、わずか約三八秒にすぎない。

そして、右三八秒間の間には、前記(5)に認定したとおり、整列した園児が畑沢の前に行くまでの移動時間、畑沢が問診票の記載を確認する時間、畑沢が注射器のワクチン量や気泡が取り除かれていることを確認する時間などが含まれている上に、接種を恐れて泣く園児や質問に短時間に答えることができない園児がいることなどを考えると、畑沢において、三八秒間の間に、証人松橋が証言する方法でていねいな問診を行い、更には、視診、打診、聴診を行うことは到底不可能であるから、証人松橋の前記証言は、到底採用できない。

証人松橋の前記証言が採用できないこと、右のとおり、畑沢が接種に要した一人当たりの時間が約三八秒間と極めて短い時間であることを考えると、本件各予防接種における接種状況及び原告Aに対する接種状況について、前記(5)<3>、<4>に判示するとおり認定せざるを得ない。

(三)(1) 前記(一)、(二)によれば、本件各予防接種前、保健婦である松橋及び椎名が、保母から園児の健康状態に関する報告を受けたのは、午後一二時四〇分ころから午後一時までの約二〇分間であり、園児一人当たりの報告時間は約一〇秒にすぎず、右時間には松橋及び椎名が問診票の記載内容や記入漏れの有無を点検する時間も含まれている上に、園児の状況を報告した保母が園児の母親から十分に園児の状況を聴取していたということも認められず、また、畑沢が、松橋及び椎名から報告を受けたのは、午後一時ころから午後一時二〇分ころまでの約二〇分間であり、園児一人当たりの報告時間は同様に約一〇秒にすぎず、しかも、右時間には畑沢が問診票に目を通す時間も含まれていたことからすると、本件各予防接種前に、畑沢、松橋及び椎名において、接種を受ける園児の状況を十分に把握していたということはできない。そして、本件各予防接種の際に接種に要した一人当たりの時間はわずか約三八秒であり、その間に、整列した園児が畑沢の前に行くまでの移動時間、畑沢が問診票の記載を確認する時間、畑沢が注射器のワクチン量や気泡が取り除かれていることを確認する時間などが含まれている上に、接種を恐れて泣く園児や質問に短時間に答えることができない園児がいることなどの事情を考えると、畑沢において、右時間内に、禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたとは認められない。さらに、本件各予防接種の際には、園児の健康状態を最もよく知り、かつ、問診票を記載した保護者が接種に立ち会っていなかったのであり、接種を受けた五歳程度の園児において畑沢がいかにていねいな問診(このような事実が認定できないことは前記のとおりである。)を行ったとしても、これに的確に答えることができたということはできないし、付き添っていた保母においても保護者に代わるだけの十分な情報を提供できたとは考えられない。

前記(二)(5)<4>のとおり、畑沢は、第一回目の接種において、原告Aに対し、問診票の記載に基づいて、一箇月前に麻疹に罹患していることを確認しているが、前記判示によれば、畑沢が原告Aに対し、そのほかの点についても十分な予診を行ったという事実は認められないし、本件予防接種の際にも十分な予診を尽くしたとは認められない。

以上によれば、畑沢において、原告Aに対し、本件予防接種の際に、予防接種実施規則の禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったということはできない。

本件全証拠によるも、原告Aが後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたとの事実も認められない。

したがって、原告Aについては、前記特段の事情があったとは認められず、本件予防接種時において禁忌者に該当していたものと推定される。

(2) 被告は、畑沢は、原告Aのかかりつけの医師であり、原告Aが、本件予防接種の約一箇月前に麻疹に罹患した際にもこれを診察しており、麻疹の経過を含めて同原告の健康状態を熟知していたこと、接種実施前における担当保母らの保健婦に対する報告及び保健婦から畑沢に対する報告のいずれにおいても、原告Aの麻疹罹患が問題とされ、畑沢においてこの点を念頭に、同原告が禁忌に該当するか否かを慎重に予診した旨主張する。

しかし、畑沢が原告Aのかかりつけの医者であったとしても、右認定を覆すには足らないし、原告Aの麻疹の罹患が問題とされたとしても、第一回の予防接種の際に、その余の点について、さらには、本件予防接種の際に、全般的に十分な予診が行われたとは認められないことは前記に判示したとおりであるから、右主張は採用できない。

2 接種担当医の過失

次に、接種担当医である畑沢において、充分な予診を行わなかったために、原告Aが禁忌者であるのにその識別を誤った過失があるかどうかについて検討する。

接種対象者又はその保護者に対し、適切な問診を尽くさなかったため、接種対象者の症状、疾病その他異常な身体的条件及び体質的素因を認識することができず、禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により、接種対象者が死亡又は罹患したときには、担当医師は接種に際し右結果を予見し得たものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である(最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁)ところ、前記1(二)認定の本件予防接種の接種過程等の事実関係からすると、同(三)のとおり、本件予防接種において、接種担当者である畑沢は、原告Aに本件予防接種を実施するに当たり、旧実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったため、その識別判断を誤って本件予防接種をしたことになるから、畑沢は本件予防接種に際し原告Aの後遺症の結果を予見し得たものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当であり、本件予防接種の接種担当医である畑沢には、禁忌看過の過失が認められる。

三 争点3について

1  逸失利益

証拠(甲一ないし四、三二、原告C本人)によれば、原告Aは、現在、二九歳であるが、知能年齢二歳一〇箇月程度、知能指数約一八で、知的遅れがみられること、左手不全麻痺があること、家族との会話は可能であり、喫食は介助があればできるが、食事の用意、後片付け、用便の始末、入浴、洗面、着衣、簡単な買い物、火気の使用、乗物を利用した外出、第三者との会話、電話の応対はできず、刃物や火事の危険を認識できず、戸外での危険から身を守ることができず、日常生活において常に厳重な注意及び極めて手数のかかる介助を必要とすること、週一回程度てんかんの発作があること、障害により就労できる状態にはないこと、かかる状態は発作以外は今後も改善される見込みがないことが認められる。

以上の事実に照らすと、原告Aの労働能力喪失率は一〇〇パーセントであると認めるのが相当である。そして、原告Aは、本件予防接種による事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であり、その間少なくとも毎年四九九万八七〇〇円(当裁判所に顕著である平成一〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計の全労働者平均賃金)の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと認められるから、右額を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間における逸失利益の現価を求めると、その額は、四八一六万三九七四円となる。

(計算式)

四九九万八七〇〇円×(一九・〇二八八-九・三九三五)=四八一六万三九七四円

2  介護費用

前記1認定にかかる原告Aの現在の状態にかんがみると、同原告は、本件予防接種による発症後今日に至るまではもちろん、今後死亡するまでその生涯にわたり全面的に介護を要するものと認められ、要介護期間は、原告Aの本件予防接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間である六七年間(当裁判所に顕著な昭和五〇年簡易生命表によることとし、一年未満は切り捨てる。)に一致すると認めるのが相当である。そして、右介護に費やされる労務を金銭に換算すると、年に一八〇万円の介護費用を要すると認めるのが相当である。これらの金額を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護費用相当額の本件予防接種時における現価を求めると、その額は、三四二五万一八四〇円となる。

(計算式)

一八〇万円×一九・〇二八八=三四二五万一八四〇円

3  慰謝料

原告Aは、本件予防接種により前記1認定のとおり、重度の障害を負う結果となり、大半の社会生活能力が失われたのであり、その精神的苦痛は多大なものであると認められる。よって、同原告の精神的苦痛の慰謝料は、金一八〇〇万円をもって相当と認める。 原告B及び同夕里子も、子である原告Aが重度の障害を負ったこと、それに伴い同原告に対する全面的介護を余儀なくされることにかんがみると、その精神的苦痛もまた多大なものと認められる。よって、原告B及び同夕里子の精神的苦痛の慰謝料は、各金五〇〇万円をもって相当と認める。

4  損益相殺

前記第二、一7のとおり、原告Aが、本件予防接種による副反応事故に起因して、予防接種法に基づく障害児養育年金九五九万四七〇〇円、同法に基づく障害年金三九三九万五三四六円、特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づく特別児童扶養手当二八一万九九四〇円、同法に基づく障害児福祉手当六万一九〇〇円、同法に基づく特別障害者手当二五七万四〇八〇円、国民年金法に基づく障害基礎年金八一三万五九三三円、以上合計六二五八万一八九九円の支給を受けたことは争いがない。これらの各給付は、いずれも本訴請求にかかる逸失利益ないし介護費用と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるから、これを原告Aの逸失利益及び介護費用から損益相殺として控除するのが相当である。

そうすると、原告Aの損害額は、金三七八三万三九一五円となる。

(計算式)

四八一六万三九七四円+三四二五万一八四〇円-六二五八万一八九九円+一八〇〇万円=三七八三万三九一五円

これに対し、原告らは、右損益相殺にかかる金員は、実質上損害賠償の性格を有するものであるから、右損益相殺額についても、本件予防接種の日から支給時までの中間利息を控除した上で損益相殺すべきであると主張する。

しかし、逸失利益や将来予想される介護費用相当額につき中間利息を控除して賠償額を算定するのは、本来は将来給付されるべきこれらの金員を一時金で被害者に取得させると一時金運用利息分を被害者が利得することとなり不都合になるからであるところ、かかる中間利息控除の根拠にかんがみると、既に給付された右各金員の合計額を損益相殺するに当たり、中間利息を控除する必要はない。したがって、原告らの主張は採用できない。

5  弁護士費用

本件訴訟の弁護士費用は、本件訴訟の経緯、事案の難易、その認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告Aの関係においては、二六五万円、同榮悦及び同夕里子の関係では、各自金三五万円をもって、本件予防接種と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

6  合計

以上により、原告らの損害額は、次のとおりとなる。

(一) 原告A 合計四〇四八万三九一五円

(二) 原告B 五三五万円

(三) 原告C 五三五万円

四 結語

以上のとおり、原告らの本訴請求は、原告Aに対し金四〇四八万三九一五円、原告B及び同夕里子に対し各自金五三五万円、並びに、これらに対する本件予防接種の後である昭和五〇年一一月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を認める限度で理由があるからこれを認容し(なお、原告Aについて、認容した損害金額に対する昭和五〇年一一月一三日からの遅延損害金の請求を認容したが、これは原告Aの請求額の範囲内にあるから、原告Aの請求を超えて認容したものとは解されない。)、原告らのその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用し、仮執行の免脱宣言は相当でないのでこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 森田浩美 裁判官 成田晋司)

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